2020年の秋

近江八景を行く(2)瀬田夕照〈せきしょう〉その1

 琵琶湖の東岸矢橋湊の帰帆に始めた近江八景の跡地巡り第2景は「瀬田夕照」である。題名は❝夕照❞であるが❝唐橋❞をイメージすることの多い景観である。

 近衛信伊の和歌に詠われた〝長はし〟は現存しないが、古来語り継がれてきた瀬田川の橋の位置は現在の唐橋と大きく変わらないと思われ、又歌川広重の浮世絵「近江八景」に描かれた瀬田夕照の唐橋の位置も同様であると考えている。従って現在国道16号線の瀬田川に架かる唐橋を目指して近江八景巡り第2景探訪を開始した。

 

 先ずは近衛信伊の和歌紹介から始めたい。

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 和歌に詠まれている〝守やま〟は琵琶湖東岸の守山を指している。(矢橋を含む草津市の北に位置する一帯)

 表題の瀬田夕照に〈せきしょう〉とフリガナを付したが、八景の元祖である瀟湘八景の〝漁村夕照〟では場所を特定していない中で、舟や網干のある水辺の集落が夕日に照らされる情景を描いている。因みに古来解釈されている定説に基づけば、夕照は〝夕陽を反射した赤い水面と事物の組み合わせ〟とされている。八景標題の中では難しい情景把握の類に含まれているので〈夜雨〉と共に外されるケースも散見されるが、自然界の情景変化観察に力点が置かれた伝統的な八景歌においては作者の感性が描き出される重要なテーマであると思っている。

 近衛信伊の和歌では瀬田川入り口下流側から眺めた夕日に染まる長橋周辺から湖面の情景が詠まれており、後年の絵師・画家もほぼ同じ下流側から橋を捉えた夕景に信伊の和歌を添えて瀬田夕景を描いている。

 土佐光起・近江八景画巻(部分)瀬田夕照 承応3年~元禄4年(1654~1691) 

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 桃田柳栄・近江八景画巻(部分)瀬田夕照 貞享元年(1684)

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  歌川広重近江八景之内(栄久堂版)瀬田夕照 天保5年(1834)

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大津市歴史博物館発売の絵葉書より複写(原本・大津市歴史博物館所蔵)

  広重の近江八景の中では構図的に雄大で景観描写も素晴らしい作品であると思っている。左側に描かれている帆舟周辺は矢橋の湊で、上空一面を夕日で染めつくし守山の背後に聳える三上山中腹に漂う靄の色彩に夕照を一層強く描き出している。

 歌川広重近江八景(魚栄版)瀬田夕照 安政4年(1857) 

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大津市歴史博物館発売絵葉書より複写(原画・大津市歴史博物館所蔵)

 

 

 

瀬田川と長橋をクローズアップさせた構図で栄久堂版と較べると情感は今一つといった作品である。三上山(近江富士)にたなびく靄と画面斜めに交差する集落の屋根に夕日の情緒が伝わってくる。